論語の教え

私にとって、たえず身辺に置いている書物、たえず紐解く書物の中の筆頭は「論語」である。岩波文庫版のものを枕元や自動車の中にも置いている。さて、その論語の中でも好きな段落は、冒頭に出てくるあの一節だ。「学びて時に習う、喜ばしからずや、友遠方より来る、嬉しからずや、人知らずして憤らず、君子ならずや」の一節である。近年はこの中の「人知らずして憤らず」を自分の肝に命じることしきり。人は誰しも、世間に認められたく、それなりに一目置かれる存在になりたいのが本心。この言葉は、そうした名利を追い求めたりすることを戒めるものである。孔子自らもまた、そうした名利の誘惑に駆られたに相違なく、そのたびに、彼は自分にそれを強く戒め、自己を尅したに相違ない。無名でいい、無名のままでこの世を終わろうとも、それでいいではないか、という諦観を、孔子はこの言葉に込めているのだろう。